舌痛症(Burning Mouth Syndrome)は三叉神経小径線維ニューロパチーなのか:TRPV1・NGFから考える灼熱痛の機序
- Akihiro Ando
- 2 日前
- 読了時間: 8分
はじめに
舌がヒリヒリする、焼けるように痛い、しかし歯や口腔粘膜には明らかな異常がない。このような症状は舌痛症、または Burning Mouth Syndrome と呼ばれ、近年では三叉神経小径線維ニューロパチーや神経障害性疼痛の観点からも注目されています。
Opening Summary(導入・結論先出し)
舌痛症は、口腔粘膜に明らかな異常がないにもかかわらず、舌や口腔内に持続する灼熱痛を生じる慢性疼痛疾患である。本記事では、Yilmazらが報告した舌痛症における三叉神経小径線維障害、TRPV1、神経成長因子の関与を検討した研究を取り上げる。結論として、舌痛症の少なくとも一部は、単なる心理的要因ではなく、末梢性の三叉神経小径線維ニューロパチーと侵害受容器感作を伴う病態として理解できる可能性がある。この視点は、原因不明の口腔灼熱痛を評価するうえで、歯科治療の反復ではなく神経障害性疼痛として診る重要性を示している。
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主な結果
主な結果
舌痛症群では、上皮内神経線維が対照群より有意に減少していた。一方で、粘膜下のTRPV1陽性神経線維と神経成長因子陽性線維は有意に増加していた。
ポジティブな所見
TRPV1陽性線維の増加は安静時疼痛スコアと有意に相関し、神経成長因子陽性線維も同様に疼痛スコアと相関していた。さらに、安静時疼痛とカプサイシン誘発痛の間にも有意な相関が認められた。
否定的/一貫しない所見
Nav1.8陽性線維は舌痛症群で増加傾向を示したが、統計学的有意差には至らなかった。また、TRPV1陽性線維量とカプサイシン誘発痛との直接相関は有意ではなかった。
臨床的解釈
本研究の最も重要な臨床的意義は、舌痛症を「粘膜に異常がない原因不明の痛み」として終わらせるのではなく、三叉神経系の小径線維ニューロパチーとして捉える根拠を示した点にある。
舌痛症では、肉眼的には舌粘膜に異常がみられない。しかし、本研究では上皮内に入り込む神経線維が有意に減少していた。これは、舌粘膜に分布する三叉神経由来の小径感覚線維に構造的障害が存在する可能性を示す所見である。一方で、痛みに関係するTRPV1陽性線維と神経成長因子陽性線維は増加していた。つまり、単純に「神経が減ったから感覚が低下する」という病態ではない。むしろ、残存した侵害受容線維が過敏化し、少数の神経線維が強い灼熱痛を発生させている可能性がある。
TRPV1は熱刺激やカプサイシンに反応する受容体であり、灼熱感や熱痛覚過敏と関係する。舌痛症でTRPV1発現が増加し、その量が自発痛と相関したことは、患者が訴える「ヒリヒリする」「焼けるように痛い」という症状を分子レベルで説明しうる所見である。
神経成長因子の増加も重要である。神経成長因子は、侵害受容器の感作、TRPV1発現の調節、神経線維の表現型変化に関与する。論文では、神経成長因子は神経線維自体で産生されるのではなく、主に標的組織、特に基底上皮細胞などから供給される可能性が示されている。これは、舌痛症が単なる神経障害だけでなく、粘膜局所環境と神経の相互作用によって維持される病態である可能性を示している。
結果が一貫しない可能性も慎重に解釈すべきである。舌痛症は単一疾患ではなく、複数の病態が含まれる症候群である。末梢性小径線維障害が中心の患者もいれば、中枢性感作、味覚異常、口腔乾燥感、閉経後の内分泌変化、心理社会的因子、薬剤性要因が関与する患者もいる。したがって、TRPV1や神経成長因子の増加がすべての舌痛症患者に共通するとは限らない。
本研究の対象患者では、不安や抑うつの程度は強くなかったと報告されている。この点は臨床的に重要である。舌痛症患者では心理的苦痛を伴うことがあるが、それをもって痛みを心理的原因に還元すべきではない。長期の慢性疼痛が不安や抑うつを生むこともあり、因果関係を単純化すべきではない。
適応を考えるうえでは、持続性の灼熱痛、視診で説明できない舌痛、カプサイシンや熱刺激への過敏性、通常の歯科治療で改善しない痛みを有する患者では、神経障害性疼痛としての評価が必要である。一方で、明らかな口腔カンジダ症、扁平苔癬、口腔乾燥症、鉄・亜鉛・ビタミン欠乏、糖尿病、薬剤による副作用、義歯不適合などが存在する場合には、まず二次性の灼熱症状を除外する必要がある。これらを除外せずに舌痛症と診断することは適切ではない。
臨床での実践的な使い方
臨床では、舌痛症を診た際に「粘膜に異常がないから問題ない」と説明するだけでは不十分である。患者の痛みは実在しており、末梢神経の小径線維障害や侵害受容器感作が背景にある可能性を説明することが重要である。
検討すべき状況は、舌前方部や口腔内に持続する灼熱痛があり、視診・触診・画像検査・血液検査などで明確な歯原性疾患や粘膜疾患が確認できない場合である。特に、痛みが数か月以上持続し、歯科治療、補綴調整、消炎処置、含嗽薬などで改善しない場合には、神経障害性疼痛として再評価すべきである。
治療においては、TRPV1や神経成長因子を標的とする治療が将来的な候補となる可能性がある。ただし、本研究は治療介入試験ではないため、現時点で特定のTRPV1関連治療が標準治療として確立しているわけではない。カプサイシン外用が一部で試みられることはあるが、論文では症状に関与する線維がより深部に存在する可能性があり、外用治療だけでは十分でない可能性も指摘されている。
現実的には、舌痛症の治療は多面的に行う必要がある。二次性原因の除外、神経障害性疼痛としての薬物療法、認知行動的アプローチ、口腔乾燥や味覚異常への対応、睡眠や不安への介入を組み合わせる。重要なのは、不要な抜髄、抜歯、補綴再製作、咬合調整を繰り返さないことである。原因が歯にない痛みに対して歯科処置を重ねることは、疼痛の慢性化や医原性問題につながりうる。
限界と注意点
本研究にはいくつかの限界がある。
第一に、対象数が舌痛症10名、対照10名と少ない。Nav1.8の増加傾向が有意差に至らなかった点も、症例数の影響を受けている可能性がある。
第二に、横断的な組織学的研究であり、TRPV1や神経成長因子の増加が痛みの原因なのか、慢性疼痛の結果なのかを断定することはできない。
第三に、舌痛症は不均一な病態である。本研究の結果をすべての舌痛症患者にそのまま適用することはできない。末梢性小径線維障害が主病態の患者もいれば、中枢性感作や心理社会的要因がより大きい患者も存在する。
第四に、免疫組織化学的変化と実際の神経機能を直接結びつけるには、定量感覚検査などの機能評価を組み合わせた研究が必要である。論文でも、今後の検討課題として、TRPV1変化と温度感覚閾値などの関係を調べる必要性が述べられている。
まとめ
舌痛症では、上皮内神経線維の減少が認められ、三叉神経小径線維ニューロパチーの関与が示唆される。
TRPV1陽性線維と神経成長因子陽性線維は増加し、安静時疼痛スコアと相関していた。
舌痛症の灼熱痛は、神経線維の単純な脱落ではなく、残存線維の過敏化によって生じる可能性がある。
すべての舌痛症が同じ機序で説明できるわけではなく、二次性原因の除外と病態分類が重要である。
通常の歯科治療で改善しない口腔灼熱痛では、非歯原性疼痛・神経障害性疼痛としての評価が必要である。
Clinical Pearl
舌痛症では「見えない粘膜異常」ではなく、「見えない三叉神経小径線維の機能異常」を疑う視点が重要である。
メッセージ
■ 患者向け
舌や口腔内のヒリヒリ感、焼けるような痛みが長期間続いているにもかかわらず、歯や粘膜に明らかな異常がないと言われることがある。また、むし歯治療、歯周治療、義歯調整、かみ合わせ調整を行っても改善しない口腔顔面痛では、痛みの原因が歯そのものではない可能性がある。
長期間原因不明の口腔顔面痛が続く場合や、一般的な歯科治療で改善しないケースでは、舌痛症、非歯原性疼痛、神経障害性疼痛の観点から評価することが重要である。痛みが続く場合には、口腔顔面痛や口腔内科を専門的に扱う医療機関での相談を検討すべきである。
■ 医療従事者向け
視診上明らかな粘膜病変がなく、歯原性疾患でも説明できない持続性の口腔灼熱痛では、非歯原性疼痛としての評価が必要である。特に、通常の歯科治療に反応しない舌痛、灼熱痛、味覚異常、口腔乾燥感を伴う症例では、三叉神経小径線維障害や神経障害性疼痛の可能性を考慮する。
不要な歯科処置を反復する前に、口腔顔面痛、口腔内科、疼痛医学の専門外来への紹介を検討すべきである。紹介の適応は、歯原性疼痛との鑑別が困難な症例、慢性化した舌痛症、神経障害性疼痛が疑われる症例、患者の不安が強く説明と治療方針の整理が必要な症例である。
English Summary
Burning mouth syndrome is a chronic oral pain condition characterized by persistent burning pain without visible mucosal abnormalities. Yilmaz and colleagues investigated whether BMS may represent a trigeminal small-fiber neuropathy associated with altered expression of TRPV1 and nerve growth factor.
The study found reduced intraepithelial nerve fibers in BMS patients, supporting the presence of small-fiber neuropathy. At the same time, TRPV1-positive and NGF-positive nerve fibers were increased, and both correlated with baseline spontaneous pain intensity. These findings suggest that BMS may involve not only nerve fiber loss but also sensitization of surviving nociceptive fibers.
Clinically, persistent oral burning pain that does not respond to routine dental treatment should prompt consideration of non-odontogenic and neuropathic pain mechanisms. Referral to an orofacial pain or oral medicine specialist may be appropriate when mucosal disease, dental pathology, nutritional deficiency, and other secondary causes have been excluded.
Source
Yilmaz Z, Renton T, Yiangou Y, Zakrzewska J, Chessell IP, Bountra C, Anand P. Burning mouth syndrome as a trigeminal small fibre neuropathy: Increased heat and capsaicin receptor TRPV1 in nerve fibres correlates with pain score. J Clin Neurosci. 2007 Sep;14(9):864-71. PMID: 17582772.
本記事は、舌痛症に関する一つの研究論文をもとに、その内容と臨床的意義を解説するものです。すべての舌痛症患者に同じ機序が当てはまるわけではなく、実際の診断や治療方針は個別の診察と評価に基づいて判断される必要があります。



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