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神経障害性疼痛(Neuropathic Pain)と下行性疼痛抑制:オザニモドは脳幹疼痛制御を回復するか

はじめに

 神経障害性疼痛は、しびれを伴う痛み、焼けるような痛み、触れるだけで痛いアロディニアとして現れることがあり、その背景には末梢神経の損傷だけでなく、脳幹から脊髄へ向かう下行性疼痛抑制の低下が関与する可能性があります。


Opening Summary(導入・結論先出し)

 神経障害性疼痛は、末梢神経や脊髄だけでなく、脳幹を介した下行性疼痛調節の破綻としても理解する必要がある。

 本稿では、スフィンゴシン1リン酸受容体1を標的とするオザニモドが、神経障害性疼痛モデルにおいて痛覚過敏を改善し、吻側延髄腹内側部の下行性疼痛抑制系を回復する可能性を示した研究を取り上げる。

 結論として、オザニモドは動物モデルで機械的アロディニアおよび冷アロディニアを改善し、その作用にはセロトニン作動性・ノルアドレナリン作動性の下行性抑制経路が関与する可能性がある。

 ただし、本研究は前臨床研究であり、神経障害性疼痛患者への有効性が確立されたわけではない。


Video Section

詳しい解説は以下の動画をご覧ください。


研究の概要

  • 研究デザイン

    雄性マウスおよび雄性ラットを用いた前臨床研究である。坐骨神経慢性絞扼モデル、オキサリプラチン誘発性末梢神経障害モデル、パクリタキセル誘発性末梢神経障害モデルが用いられた。


  • 対象

    外傷性神経損傷および化学療法誘発性末梢神経障害による神経障害性疼痛モデル動物である。評価された症状は、機械的アロディニアおよび冷アロディニアである。


  • 介入/評価方法

    オザニモドを全身投与、または吻側延髄腹内側部へ局所投与し、痛覚過敏行動の変化を評価した。さらに、吻側延髄腹内側部の遺伝子発現を解析し、脊髄レベルでセロトニン受容体拮抗薬およびアルファ2アドレナリン受容体拮抗薬を投与して、下行性疼痛抑制経路の関与を検討した。


  • 評価項目

    機械的刺激に対する逃避閾値、冷刺激に対する逃避潜時、吻側延髄腹内側部におけるスフィンゴシン1リン酸受容体1発現、遺伝子発現変化、下行性抑制系の薬理学的遮断効果である。


主な結果

  • 主な結果

    オザニモドの全身投与は、坐骨神経慢性絞扼モデルにおける機械的アロディニアを用量依存的・時間依存的に改善した。オキサリプラチンモデルでは、機械的アロディニアおよび冷アロディニアの発症予防と成立後の改善が示された。パクリタキセルモデルでも予防効果が確認された。


  • ポジティブな所見

    吻側延髄腹内側部へのオザニモド局所投与により、坐骨神経慢性絞扼モデルおよびオキサリプラチンモデルで機械的アロディニアが改善した。論文5ページの図2では、吻側延髄腹内側部へのオザニモド投与後に痛覚過敏行動が改善し、同時にインターフェロン関連遺伝子群の変化が示されている。


  • 否定的/一貫しない所見

    非損傷動物の吻側延髄腹内側部にスフィンゴシン1リン酸受容体1作動薬を投与しても、痛覚過敏行動は誘発されなかった。これは、同受容体の役割が正常状態ではなく、神経障害性疼痛という病的状態で顕在化する可能性を示している。


臨床的解釈

 本研究の重要性は、神経障害性疼痛を「末梢神経損傷の結果」だけでなく、「脳幹を含む疼痛制御ネットワークの破綻」として捉え直している点にある。臨床では、神経障害性疼痛を末梢入力や脊髄感作の問題として説明することが多い。しかし、痛みは上行性入力だけで決まるものではない。脳幹から脊髄へ向かう下行性疼痛調節系が、痛みを増幅することも抑制することもある。

 吻側延髄腹内側部は、痛みを促進する系と抑制する系の両方に関与する重要な脳幹領域である。今回の研究では、この領域におけるスフィンゴシン1リン酸受容体1のシグナルが、神経障害性疼痛の維持に関与する可能性が示された。特に、オザニモドを吻側延髄腹内側部に直接投与して痛覚過敏が改善した点は、末梢や脊髄だけでなく、脳幹レベルの作用が疼痛行動に影響することを示唆する。

 さらに、オザニモドの効果が脊髄くも膜下腔内のセロトニン受容体拮抗薬およびアルファ2アドレナリン受容体拮抗薬で抑制された点は重要である。これは、吻側延髄腹内側部での作用が、脊髄へ向かうセロトニン作動性およびノルアドレナリン作動性の下行性抑制経路を介している可能性を示す。臨床的に言えば、神経障害性疼痛では「痛みの入力が強い」だけでなく、「痛みを抑えるブレーキが弱くなっている」可能性がある。

遺 伝子発現解析では、坐骨神経慢性絞扼により吻側延髄腹内側部で多数の遺伝子変化が生じ、特にⅠ型インターフェロン関連経路の低下が目立った。オザニモド投与により、これらの変化の多くが回復したことから、スフィンゴシン1リン酸受容体1シグナルが、脳幹内の免疫関連ネットワークを介して疼痛制御に関与する可能性がある。

 ただし、この機序はまだ確定的ではない。遺伝子発現の変化は、病態との関連を示す強力な手がかりではあるが、それだけで「この経路が痛みを直接引き起こしている」と断定することはできない。Ⅰ型インターフェロン経路が、どの細胞種で、どのタイミングで、どのように下行性抑制系と結びつくのかは、今後の検証が必要である。

 適応の可能性が考えられるのは、外傷性神経損傷、化学療法誘発性末梢神経障害、持続するアロディニアなど、神経障害性疼痛の病態が明確なケースである。特に、既存治療で十分な効果が得られない難治性神経障害性疼痛では、下行性疼痛調節を標的にする治療戦略は理論的に重要である。

 一方で、適応が乏しい可能性があるのは、痛みの主因が炎症性疼痛、筋骨格性疼痛、心理社会的要因のみで説明される症例、または診断が不明確な慢性痛である。神経障害性疼痛らしい症状があっても、糖尿病、抗がん薬治療歴、外傷、手術、神経損傷の有無などを含めた病態評価が不可欠である。


臨床での実践的な使い方

 現時点で、オザニモドを神経障害性疼痛治療として日常診療に用いる段階ではない。本研究は動物実験であり、ヒトの神経障害性疼痛患者に対する有効性、安全性、適切な用量、治療期間は確立されていない。

 臨床的に本研究を活かすなら、第一に、神経障害性疼痛を下行性疼痛調節の破綻として評価する視点である。デュロキセチンなど、下行性疼痛抑制系に関与する薬剤が臨床で使用される背景とも整合する。痛みを単なる末梢の問題と考えず、中枢神経系の制御機構を含めて治療戦略を立てる必要がある。

 第二に、既存薬の再目的化という観点である。オザニモドは多発性硬化症などで承認されている薬剤であり、薬理学的特性や安全性データが一定程度蓄積されている。そのため、新規化合物よりも臨床応用への検討が進みやすい可能性がある。ただし、承認済み薬であることは、神経障害性疼痛に対して有効であることを意味しない。

 第三に、化学療法誘発性末梢神経障害への応用可能性である。オキサリプラチンやパクリタキセルによる末梢神経障害は、がん治療後の生活の質を大きく低下させる。予防効果と成立後の改善が動物モデルで示された点は、今後の臨床研究につながる可能性がある。

 口腔顔面痛領域では、三叉神経損傷後疼痛、術後神経障害性疼痛、持続性特発性歯痛などで、末梢神経損傷と中枢性感作が混在することがある。そのような症例では、下行性疼痛抑制系を含む中枢機構を考慮することが、治療選択や患者説明に役立つ。


限界と注意点

 本研究は動物モデルを用いた前臨床研究であり、ヒトでの臨床効果を直接示すものではない。評価された痛みは主に機械的アロディニアと冷アロディニアであり、患者が経験する自発痛、睡眠障害、不安、生活機能低下などを十分に反映しているわけではない。

 実験は雄性動物のみで行われている。著者らは関連モデルで性差が限定的である可能性に触れているが、本研究自体で雌性動物が直接検証されたわけではない。神経障害性疼痛には性差が関与する可能性があるため、この点は重要な限界である。

 また、オザニモドの全身投与効果は、末梢、脊髄、脳幹の複数部位の作用が組み合わさった結果である可能性がある。吻側延髄腹内側部での作用は重要だが、全身投与時の臨床的効果を単一部位だけで説明することはできない。

 さらに、スフィンゴシン1リン酸受容体1は神経系に広く発現し、グリア細胞を含む複数の細胞種が関与する可能性がある。本研究では、吻側延髄腹内側部のどの細胞が決定的に重要なのかは完全には解明されていない。


まとめ(Key Takeaways)

  • オザニモドは、複数の神経障害性疼痛モデルで痛覚過敏行動を改善した。

  • 吻側延髄腹内側部のスフィンゴシン1リン酸受容体1シグナルは、神経障害性疼痛の維持に関与する可能性がある。

  • オザニモドの効果には、セロトニン作動性およびノルアドレナリン作動性の下行性疼痛抑制経路が関与する可能性がある。

  • Ⅰ型インターフェロン関連遺伝子群の変化は、脳幹内の免疫・疼痛制御ネットワークを理解する手がかりとなる。

  • 現時点では前臨床データであり、神経障害性疼痛患者への臨床使用を支持する段階ではない。


Clinical Pearl

神経障害性疼痛は、末梢神経の損傷だけでなく、脳幹から脊髄へ向かう「痛みを抑えるブレーキ」の破綻として理解する必要がある。


メッセージ

■ 患者向け

 長期間原因不明の口腔顔面痛が続く場合や、一般的な歯科治療で改善しない痛みがある場合、痛みの原因が歯そのものではない可能性がある。

 特に、焼けるような痛み、電気が走るような痛み、しびれを伴う痛み、触れるだけで痛い症状がある場合には、神経障害性疼痛の評価が必要である。

 抜歯や根管治療を繰り返す前に、口腔顔面痛や口腔内科の専門的評価を受けることで、痛みの原因を整理し、不要な処置を避けられる可能性がある。


■ 医療従事者向け

 局所所見と症状が一致しない口腔顔面痛、歯科処置後に遷延する痛み、感覚異常を伴う痛みでは、非歯原性疼痛や神経障害性疼痛を鑑別に入れるべきである。

 三叉神経障害性疼痛、持続性特発性歯痛、術後神経障害性疼痛、口腔灼熱症候群などが疑われる場合、追加の侵襲的歯科処置を行う前に専門的評価が望ましい。

 難治性の神経障害性疼痛では、末梢だけでなく中枢性感作や下行性疼痛調節の破綻を含めて病態を整理し、口腔顔面痛・口腔内科専門外来への紹介を検討すべきである。


English Summary

This article reviews a 2025 preclinical study examining ozanimod, a functional sphingosine-1-phosphate receptor 1 antagonist, in rodent models of neuropathic pain. Systemic ozanimod reduced mechanical and cold allodynia in traumatic nerve injury and chemotherapy-induced neuropathy models. Local injection into the rostral ventral medulla also reversed hypersensitivity, suggesting a supraspinal mechanism involving descending pain modulation. The antinociceptive effect was attenuated by spinal serotonin and alpha-2 adrenergic antagonists, implicating serotonergic and noradrenergic inhibitory pathways. RNA sequencing suggested that ozanimod may normalize type I interferon-related gene expression in the brainstem. These findings support S1PR1 as a potential non-opioid target for neuropathic pain, but the data remain preclinical. Referral may be appropriate when orofacial pain is persistent, atypical, treatment-resistant, or suggestive of neuropathic or non-odontogenic pain.


Source

Giancotti LA, Squillace S, Chen Z, Lauro F, Li Y, Salvemini D. Ozanimod, a functional sphingosine-1-phosphate receptor 1 antagonist, restores brainstem descending pain pathways in murine models of neuropathic pain. Pain. 2025 Nov 1;166(11):2510-2518. PMID: 40758546.


本記事は、神経障害性疼痛モデル動物を用いた前臨床研究を紹介するArticle Reviewです。オザニモドがヒトの神経障害性疼痛患者に対して有効であることを示した臨床試験ではありません。神経障害性疼痛の原因や病態は患者ごとに異なり、薬物療法の適応、安全性、相互作用は個別に判断する必要があります。しびれを伴う痛み、焼けるような痛み、電撃痛、触れるだけで痛い症状が続く場合は、自己判断で治療を行わず、口腔顔面痛、神経障害性疼痛、または関連領域の専門的評価を受けることが重要です。

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